南北朝正閏論は、南朝の天皇と北朝の天皇のどちらが正統かの議論です。南北朝時代を扱った本ではよく言及されていますが、正閏論だけを詳しく論じた本はなかなかありません。
そういった中で、南北朝正閏論を理解するために役立つ本3冊(番外編まで含めれば4冊)をご紹介します。
1.松本清張『小説東京帝国大学』新潮文庫
明治の歴史教科書に端を発した南北朝正閏問題を知るにあたり、これほどわかりやすく、詳しいものは他にないと思います。南北朝正閏問題に興味を持った方に、まずおすすめしたい一冊です。
「小説」と題名に冠していますが、実態はほぼノンフィクションです。
明治の東京帝国大学における学問と政治の関係を描いています。哲学館事件(wiki哲学館事件)、日露戦争をめぐる七博士意見書(wik七博士意見書)から始まって、後半、大逆事件と南北朝正閏問題を扱います。
教科書図書調査委員会での教科書における南北朝の取り扱いについての議論から始まり、読売新聞の投書問題、早稲田大学の講師陣が代議士を通じて政治問題に発展させていく過程、事件の沈静化を図る山県有朋と桂太郎と話は進みます。「小説」のようにすらすらと読めます。
調査した資料は膨大なものだったと思われ、『昭和史発掘』で発揮される徹底したリサーチ力は、ここでもその片鱗が現れています。
ただし、残念ながら、今、本屋さんの松本清張の文庫本コーナーに行っても見当たりません。昔は、赤い背表紙の新潮文庫でけっこう分厚い『小説東京帝国大学』をよく見かけたのですが、今は品切れのようです。したがって、現在は古本で購入するか、図書館で借りるしかありませんが、いずれにしろ、読もうとすればさほど困難ではないと思います。
ご参考に、写真は全集本です。全集本では、中江兆民を扱った『火の虚舟』も入っています。
2.兵藤裕己『太平記<よみ>の可能性 〜歴史という物語』講談社学術文庫
この本は、題名からもおわかりのように、南北朝正閏論がテーマの本ではありません。しかし、南北朝を題材とする太平記や南北朝の正閏を論じる大日本史を徹底して読み解いており、正閏論の理解にたいへん役立ちます。
大日本史は南朝正統説を主張していますが、その南朝正統説が歴史の中でどう変化していったか、というところの著者の鋭い指摘は、読んでいて爽快です。
著者の狙いは、「物語としての歴史が、あらたな現実の物語をつむぎだしてゆく仕組みについて考察」(学術文庫版あとがき)してゆくというものです。南北朝の物語が歴史の中で日本人にどう変化しつつ受容されていったか、知的な刺激を受ける本です。
もともと講談社選書メチエで出版されていたものが講談社学術文庫に編入されたものです。
3.西尾幹二『GHQ焚書図書開封11 維新の源流としての水戸学』徳間書店
この本も直接的に南北朝正閏論を論じたものではありません。しかし、正閏論理解に不可欠な大日本史や水戸学をわかりやすく説明した本が少ないので、この本は貴重です。
もともと西尾幹二がチャンネル桜で話した映像(GHQ焚書図書開封)をもとに作ったものなので語りおろしのわかりやすさがあります。
前半は水戸光圀(黄門様)の大日本史を中心とする前期水戸学、後半は藤田幽谷・東湖親子らの後期水戸学を扱います。
前期水戸学の説明の中で、大日本史の南朝正統論がどうやって生まれたかについて触れています。
後期水戸学の説明では、国学との関係や現代グローバリズムとの関係などダイナミックに議論が進んでいきます。
難解なものが多くなりがちな水戸学の本の中で、碩学・西尾幹二が自分の頭で理解したことを自分の言葉で述べているこの本は、お役立ち度の高いものだと思います。
(番外編)山崎藤吉、堀江秀雄『南北朝正閏論纂』出版図書販売所
番外編は、明治44年11月発行の古本です。しかし、明治の南北朝正閏問題(明治44年1月)をきっかけに出版されたもので、事件発生当時の貴重な同時代の証言です。國學院大学出身者により編纂されました。
この本の最終章で、明治の南北朝正閏問題が南朝正統説で決着したことが次のように書かれています。
嗚呼、かくの如くにして、国定教科書の南北朝に関する事項は修正せらるることとなりぬ。南朝正統説は永久確定の運命を担ひぬ。〜これ明治時代における学問界教育界の一美事なればなり。〜本問題の起こりて以来、学者論者が忠君愛国の至誠を発揮したるを見て豈喜に堪へむや。
最終章の前までは、南朝正統説、北朝正統説、両朝並立説などの各説を平等に紹介しており客観性を感じていたのですが、著者のスタンス(南朝正統説)がよくわかると同時に、時代を感じさせる表現になっています。
この本の貴重なところは、歴史上の資料や当時(明治時代)の諸家の意見を、各説ごとに引用していることです。手軽に一冊の本にまとめられているのはうれしい限りです。
とはいえ、明治時代の本なんて古本屋で探すのもたいへんです。幸い、国立国会図書館デジタルコレクションでいつでも見ることができます。
本当に便利な時代になりましたね。
実は、以前、神田神保町の古本屋まつりで見つけて買ったのが写真の本です。けっこう分厚い本です。
今回は本のご紹介でした。